引越しを機に家庭菜園-廃棄する車の経歴

引越しを機に家庭菜園-廃棄する車の経歴

新しいマンションに引っ越してから迎えた初めての夏は、家庭菜園に夢中になりました。

 

 

以前の西北向きの薄暗い家での暮らしと比べ、さんさんと日の当たる南向きの物件での生活は、爽快感と清潔感、それに気分の高揚感がありました。

 

 

日中は電気を付ける必要がないし、洗濯物は日光に当てられるし、カラッとした空気に思わず深呼吸したくなるくらいです。

 

 

 

日当たりも良く、そこそこの広さのあるベランダを見て、ずーっと憧れていた家庭菜園を始めることを決めました。

 

 

庭付きの家に住んだことが無い私は、野菜作りどころか花一本も育てたことがありませんでした。

 

 

5月の連休に近所のホームセンターへ赴き、長方形プランターとナス、ミニトマトの苗を買ってきました。「良い苗の選び方」を事前にネットで調べていきましたが、店員さんに聞いて選んでもらいました。

 

 

苗を鉢に移すタイミング、肥料の量、水の量、脇芽といわれる余計な芽を摘んだり、土が目減りしてきたら足したり、追肥を蒔く場所を見定めたり・・・。

 

 

素人判断では難しいことが多く、近くに住む親せき(畑を持っている)によく相談していました。

 

 

夢中になってきたのは花が咲いて、一つ目の実が付いたころからです。風で吹き飛んでしまいそうに薄い花弁のナスの花、愛らしい白い花をあちこちに付けるミニトマト。

 

 

虫の少ないマンションのベランダで自家受粉がなかなかうまくいかず、咲いたまま落ちる花、目を離すとアブラムシの餌食になる若い枝。我が子のように可愛くて、手がかかって、目が離せない野菜たちに、夢中になってしまいました。やっとの思いで収穫できた我が子は、味わって味わって大切にいただきました。ただ今はもう、夢中ではありません。

 

 

雨が当たらない環境では水遣りが欠かせず旅行などで家を空けられないことや、プランター栽培での限界(地植えよりも根が広がりにくく、水切れも悪い)などでやめてしまいました。ただ何かを育てる楽しさがあったので、また何か他の野菜やハーブ、花や観葉植物などに夢中になれればと思います。

 

 

子供がいると尚更腸内フローラや便秘の為の食生活も

 

 

廃車も経歴と同じような歴史がある。

 

 

廃車手続きの公式

 

 

それは30円ほどのウエハースのようなチョコレートのおまけとして入っていたシールで、あまりの人気ぶりに近所のお店では『1人2個まで!』などの貼り紙がされるほどでした。

 

 

 

そしてそのシールは例に漏れず、私の心も鷲掴みにしたのです。

 

 

 

 

そのシールは不思議なもので、シールであるにも拘らず、貼ってしまうと価値がなくなってしまうのです。

 

 

 

角の部分が捲れて粘着部分に埃などが着いてしまっても価値が一気に下がってしまうのです。

 

 

 

専用のアルバムケースに収納し、キラキラと光るボスキャラのシールを眺めて悦に浸る、見せびらかして優越感に浸る、そういうものでした。

 

 

 

 

そしてそれは人の判断力さえも低下させる、ある種の麻薬的な魅力さえ持ち合わせていたのです。

 

 

 

 

ある時私は友人から「俺の母ちゃんがシールを作る会社に勤めてるんだけど、見本としてシールが沢山必要だって言うんだ。お前のもっているシールを全部貸してくれたら、そのシールの世界を立体で体験できる施設にお礼として招待してくれるってさ。」と言われました。

 

 

 

今にして思えば突っ込みどころが多すぎる馬鹿な話ですが、シールの世界を立体で体験できる施設に行けるという甘い話に釣られ、私は虎の子のシール達を全てこの友人に預けてしまいました。

 

 

 

そうです、私は小学生にして早くも詐欺に遭ってしまったのです。

 

 

先生に泣きついても、「学校にシールを持ってきたあなたも悪い」と取り合ってもらえません。

 

 

 

当時の私のお小遣いではとても元の状態まで買い揃えることができず、シールで盛り上がる同級生たちを傍目に徐々にそのシールから遠のいていきました。

 

 

 

あれから25年近くたち、30半ばに差し掛かった今でもそのシールのことははっきりと思い出せますし、それらを所有していた時の悦に浸っていた時の気持ちもまざまざと思い出すことができます。

 

 

 

今私はクリエイティブ系の仕事をしていますが、そのシールの何が当時の私たちの心を惹きつけたのかがいまだに分からないでいます。

 

 

 

 

もしかしたらそれを知りたいがために今、クリエイティブ系の仕事に携わっているのかもしれない・・・、ふと、そう思いました。